現代社会・技術の評論・雑感

現代社会・技術ついての評論と雑感

原発再稼働が危険な決定的理由

kenko856
 原子力発電所(以下、原発とする)をめぐる問題はいくつもあるが、その中の一つは、停止中の原発の再稼働の是非である。

 これについて、今の動きは、原子力規制委員会が個別の原発の設備状況を調査し、安全性の判断をしつつあるが、それを政府が待っている状態である。
 原子力規制委員会は各原発の近くに活断層があるか否か、そして、ある場合は当該原発の設備が、それに耐えられるがどうかを調査しようとしている。そして、設備が地震に耐えられると判断した場合は、その旨を公表し、それを受けて政府は原発再稼働を認めることを、ほぼ結論づけている。

 問題は、この一連の手順で原発再稼働を認めることの可否である。
 私は、これによる原発再稼働の決定には大きな問題があると考えている。それは、この手順は福島第一原発事故の教訓を十分に反映していないからである。

 福島の事故の原因は、おおまかにいうと次の2つである。
 ひとつは原発の設備自体が、地震とそれに伴う津波に耐えうるものでなかったこと。
 次は、原発を管理する東電幹部が、原発を安全に運転することに関し無責任な人たちの集まりであったこと。彼らは、設備が地震・津波に耐えうるものでないことを数年前に知りながら、何ら手を打たなかった。東電幹部らは、事故から国民などを守ることより、目先のことにとらわれ保身に走ったのである。東電の経営組織は、そのような人物しか経営幹部に選ぶ力がなかったと言うこともできよう。

 もし原発を再稼働するなら、この二つのことをクリアーすることが必須である。

 しかし、原子力規制委員会は設備の安全性をチェックできるとしても、電力会社の経営陣の資質のチェックはできないのである。
 また、原子力規制委員会の設備の安全性のチェックは、あくまでも、ある時点でのものである。安全性をめぐる状況は、日々とはいはないが年々変化する。そして、それへの適宜な対応は電力会社の幹部にゆだねざるをえないのである。しかし、幹部が、悪しきサラリーマン根性の者たちでは、原発事故の再発の可能性は大きくなる。

 では、原発の再稼働は、どうするべきか。
 日本には、国の責任者や大企業の責任者に、真の指導力のある者が得られにくい体質がある。そしてそれは簡単に変えられるものではない。そうであるから、制御がむずかしく、起きれば大きな事故となる原発の稼働は、ゼロ、もしくは限りなくゼロに近いことが望ましい。

(参考)
1 作家の井出孫六さん(1931年生まれ)は次のように言っています。
「国策が国民に取り返しのつかない犠牲を強いた点で、私には原子力政策と戦前の満蒙開拓計画がダブって見えるのです」
「当時、満州は抗日運動でテロが頻発していたのに『安全だ、安全だ』と宣伝し、終戦までに27万人以上を移民させました。福島第1の事故直前には地震列島上に54基もの原発を並べることに成功していました。」(『毎日新聞』2013年3月11日から)

2 黒川清さん(1936年生まれ、元大学教授、国会原発事故調査委員会の委員長)は次のように言っています。
「調査を通じて、東電に限らず日本の大企業や役所、組織では、責任あるポストにいる人たちが、ポストに見合った責任をとる覚悟がどこまであるのか非常に疑わしいと感じた。」
「原発政策には、政・官・財・メディアが一体となって同じ方向へ進む「規制の虜(とりこ)」と言われる現象があった。本来は規制しチェックすべき側が、規制される側に取り込まれるねじれた関係です。日本人は「所属している場」と「個人の属性」が異常に密着しているタテ構造の社会で、責任ある立場の人が責任を果たさない。責任をとる覚悟ができていない。それが、想定できたはずの事故を想定しなかった原因だったと思う。」(『毎日新聞』2013年2月18日から)

3 2013年2月16日放映のNHKテレビ「NHKスペシャル、シリーズ日本再生『どうするエネルギー政策』」のなかで、茂木経産大臣ほか数名が原発問題などを討論しました。その画面に視聴者の投稿文が表示されました。そのなかから、次の2名の方のものを紹介します。なお、投稿者の氏名などは不明です。
・「このまま原発稼働を認めると、新たな安全神話が出てきそうで怖い。自然エネルギーへの移行のスピードも鈍るのではないか。」
・「原発を推進して安全神話で国民を裏切った自民党が安全を約束して稼働できるの?核廃棄物の行方も的確に示されないままでは再稼働に反対!」

(参考)被曝労働を知ると原発問題の見方が変わる