テロという言葉
テロ対策特別措置法(テロ特措法)の延長の当否が、当面の大きな政治課題となっていますが、ここでは「テロ」という言葉の使い方について考えてみます。
「テロを許して良いのか」とか「テロと戦おう」などといったことが、しばしば言われます。
そう言われると、誰しもそれに反対しにくい雰囲気になります。
しかし、テロとは何なのでしょうか。
その定義的なことは専門家に委ねるとして、ここでは最近のテロと言われた事件を3つあげてみます。
もっとも新しいのは、長崎市長を殺害した事件です。その実行行為者は右翼系の人でしたが、特定の団体が深く関与したものではありませんでした。
つぎはオウム真理教のサリン散布などによる殺害行為です。死者は10数名ほどでしょうか。私の個人的感覚ではテロの典型的な形態ではないように感じていましたが、一般的にはテロ行為とされているようです。
3つ目はアルカイダによるニューヨークのツインビル爆破等の同時多発爆破事件です。死者は3千人以上でした。この事件について、「これは戦争だ」といったアメリカ人がいましたが、テロというには、あまりにも大きな規模でした。
上記の3つの事件は、どれもテロ行為と言われています。
しかし、3つを比較すると、その性質は大きく異なっています。
それらを全部ひっくるめて、仮に「テロと戦おう」と言われても、返事のしようがありません。
冒頭に述べましたように、いまテロ特措法の延長が大きな政治問題となっています。
これに関し、延長に賛成する論者から、「現在の自衛隊の活動を否定することはテロリストを喜ばせることになる」といったように、テロという言葉を使って論陣がはられています。
しかし、先にみたようにテロという言葉は広い範囲の行為を含めたものです。
だから、「テロ」的な問題の議論にあたっては、できるだけ具体的にすることが必要です。
ちなみにテロ特措法の問題を具体化してみると、それは「海上自衛隊によるインド洋での7か国(アメリカなどアフガニスタンで戦闘行為をしている国)に対する海上給油活動」の是非であす。
そして、その是非の判断の基となるのは次の二つです。
1)アメリカ等のアフガニスタンでのアルカイダ及びタリバンとの戦いをどう評価するか(日本が支援するとの観点から)
2)日本がアメリカ支援をしなかっ場合のアメリカとの関係悪化の懸念をどう判断するか
テロという言葉に惑わされず、議論はあくまで具体的にするべきです。
(注)首藤信彦さんはつぎのように言っています。
「テロリズムは政治的意図を持って呼称され、客観的な定義が困難である。
現在、大統領や政治的リーダーになっている者、たとえば南アフリカのマンデラ前大統領や東チィモールのシャナナ・グスマンも、以前の体制側(マンデラ前大統領の場合は白人政権、グスマンの場合はインドネシアのスハルト政権)からはテロリストとして扱われ、獄につながれていた。」
(『現代のテロリズム』岩波書店、2001年)
「テロを許して良いのか」とか「テロと戦おう」などといったことが、しばしば言われます。
そう言われると、誰しもそれに反対しにくい雰囲気になります。
しかし、テロとは何なのでしょうか。
その定義的なことは専門家に委ねるとして、ここでは最近のテロと言われた事件を3つあげてみます。
もっとも新しいのは、長崎市長を殺害した事件です。その実行行為者は右翼系の人でしたが、特定の団体が深く関与したものではありませんでした。
つぎはオウム真理教のサリン散布などによる殺害行為です。死者は10数名ほどでしょうか。私の個人的感覚ではテロの典型的な形態ではないように感じていましたが、一般的にはテロ行為とされているようです。
3つ目はアルカイダによるニューヨークのツインビル爆破等の同時多発爆破事件です。死者は3千人以上でした。この事件について、「これは戦争だ」といったアメリカ人がいましたが、テロというには、あまりにも大きな規模でした。
上記の3つの事件は、どれもテロ行為と言われています。
しかし、3つを比較すると、その性質は大きく異なっています。
それらを全部ひっくるめて、仮に「テロと戦おう」と言われても、返事のしようがありません。
冒頭に述べましたように、いまテロ特措法の延長が大きな政治問題となっています。
これに関し、延長に賛成する論者から、「現在の自衛隊の活動を否定することはテロリストを喜ばせることになる」といったように、テロという言葉を使って論陣がはられています。
しかし、先にみたようにテロという言葉は広い範囲の行為を含めたものです。
だから、「テロ」的な問題の議論にあたっては、できるだけ具体的にすることが必要です。
ちなみにテロ特措法の問題を具体化してみると、それは「海上自衛隊によるインド洋での7か国(アメリカなどアフガニスタンで戦闘行為をしている国)に対する海上給油活動」の是非であす。
そして、その是非の判断の基となるのは次の二つです。
1)アメリカ等のアフガニスタンでのアルカイダ及びタリバンとの戦いをどう評価するか(日本が支援するとの観点から)
2)日本がアメリカ支援をしなかっ場合のアメリカとの関係悪化の懸念をどう判断するか
テロという言葉に惑わされず、議論はあくまで具体的にするべきです。
(注)首藤信彦さんはつぎのように言っています。
「テロリズムは政治的意図を持って呼称され、客観的な定義が困難である。
現在、大統領や政治的リーダーになっている者、たとえば南アフリカのマンデラ前大統領や東チィモールのシャナナ・グスマンも、以前の体制側(マンデラ前大統領の場合は白人政権、グスマンの場合はインドネシアのスハルト政権)からはテロリストとして扱われ、獄につながれていた。」
(『現代のテロリズム』岩波書店、2001年)
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